陳睿宗(ちんえいそう、ベトナム語: Trần Duệ Tông)は、陳朝大越の第10代皇帝。名は陳 曔(ベトナム語:Trần Kính / 陳曔)、または陳 日煓(ベトナム語:Trần Nhật Đoan / 陳日煓)とも。
生涯
第5代皇帝・明宗の十一男。即位前は恭宣王に封ぜられていた。兄の芸宗擁立に功があり、紹慶3年(1372年)、芸宗から譲位されて即位した。
隆慶4年(1376年)、廷臣の諫言を押し切って、宿敵チャンパと決戦するために12万を号する大軍を率いて親征したが大敗し、陣中で没した。




